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ブロブロスキーのブログ

スキーと釣りが趣味の院卒の30代オッサンのブログ。気まま、手軽、あるがまま

哲学的ゾンビ「私の意識体験はなぜあるのだろう」

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コイルとコンデンサでLC振動回路というものが作れることをご存知の方も多いでしょう。たとえばエレキギターを触る人なら、これがエフェクタに使われていることを知っている人もいるでしょうね。

 

そしてこれとは別に、糸電話の途中をバネで繋ぐといわゆる「エコー」がかかることを知っている人もいるでしょう。

 

このバネの振動とLC回路は特別な関係にあります。それは「数学的に記述すると同じ方程式になりまっせ」ということなんです。

 

ならば、設計次第で、バネを使ってもLC回路を使っても電流をスピーカーに流して音に変換する前にエレキギターの出力する信号に同じようなエコーが掛けられますよね。これは実際にやってみればできます。

 

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ところで我々の脳。脳細胞を取り出してみるとそれひとつずつを観察する限り、隣(万単位ある)の脳細胞と化学物質などをやりとりする機能しか持っていません。これをさっきの例のバネで繋いだ糸電話だとしてみましょう。

 

それでは、これと「数学的に同値」である電気回路を設計することは(理論的には)可能だと言えるのではないでしょうか。まぁ仮にですけど、LC回路でバネの方程式と同値のものが作られるように、それが出来たとしましょう。数万の隣のデバイスに適切な電荷を送り、受け取ったデバイスはまた隣り合う数万のデバイスに適切な電荷を送る。それが(数学的に)脳の働きと同値である状態。これを作り出せたとしましょうよ。

 

コイツに人間のスピーカーや感覚器官のようなセンサーをつないで、ドツいてみます。

「イタイ」

空を見せてみます。

「アオイ」

否定しまくってみましょう。

「ツライ」

 

同値なのであれば、人間と同じ反応を示すはずですね。さて、この回路は生きているのでしょうか。

 

回路には、決定的なことが一つ足りてないと思いませんか。「意識体験」というやつです。私たちはドツかれた時に「痛い」という何かよくわからない説明のつかないものを意識体験として感じますよね。空を見たら「青い」と言う何かよくわからない説明のつかないものを意識体験として感じますよね。

 

脳と同値の回路はどうでしょう。そういった「意識体験」は、回路のどこかに物理的に観測できる何かとして存在するでしょうか。探しても見つからないでしょうね。そう、人間と全く同じ反応をする回路は、「意識体験」を持っていないのです。一方で我々は、確かに意識体験を持っています。我思う、故に我ありです。

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「回路」だから意識体験が無いのでしょうか。じゃあちょっと趣向を変えて、数万本の触手(刺激を与える何か)を持った下等なタコみたいな生物をここで考えてみます。彼らは、決められたルールに従って隣の生物を刺激します。彼らを精密に並べて数学的に脳と同値の物を作ることは、理論的には可能でしょう。彼らは先ほどの回路と同様に動くはずです。では意識体験は、どこに存在するのでしょう。どの生物が見るのでしょう。たぶんそんなもの、ないですよね。

 

しちめんどくさいことはやめましょう。これは有名な「哲学的ゾンビ」という思考実験です。分子の配列が全く同様の「私」を、「理想的に優れた3Dプリンタ」で作り出したとしましょう。当然、数学的にも化学的にも同値です。意識体験はそこに存在するのでしょうか。私は隠居して、私の代わりに仕事に行ってもらいましょう。寝てもらいましょう。生活してもらいましょう。そうしたら彼は言うでしょうね。

「シゴト、メンドクサイ」

「アクムヲ、ミタ」

「カワセミ、カワイイ」

「ワタシノ、コノイシキタイケンハ、ナゼアルノダロウ」

 

今までの流れで言うと、彼(哲学的ゾンビ)は意識体験を持っていないのではないでしょうか。それなのに「私の『この』意識体験というものは、何故、あるのだろう」と私と同値の脳(無価値すぎワロタ)で考えるはずです。彼は、意識体験を持っていないにもかかわらず、です。

 

「哲学的ゾンビ」に「哲学的ゾンビ」の思考実験をやらせてみました。ちなみにここまでの議論も当然尽くされており、哲学的ゾンビは哲学的思考をするという前提で話は進みます。でも、意識体験はそこにないのです。

 

意識体験はどんなに解剖してもみつからないですが、無いことも証明できません(それは悪魔の証明ですが)じゃあだったら逆に、回路にも原始生物の集合体にも私のコピーにも、イデア界みたいなものがあってそれがあるって考えるとちょっと面白いと思いませんか。たとえば人間同士の情報のやり取りを脳細胞の働きのようにみなして、何らかの意識体験をしている未知の超越的生物がいると考えてみるとかね。

 

はい。終わりです。ただこういうのが好きなので語ってみました。