ブロブロスキーのブログ

スキーと釣りが趣味の院卒の30代オッサンのブログ。気まま、手軽、あるがまま

何でも「ある程度」できるという人に起こる悲劇

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先日ブログ上で、もう春はすぐそこ!ウッヒャー!みたいな事を書いて、その中に「また寒くなるって言ってもちょっと雪がちらつくくらいでしょ」といって喜んだことを微かに覚えている(微かにしか覚えていない)私です。

brobroski.hatenablog.com

 

 

それで今日、薄着で仕事行って外出かけた時に吹雪いた上に風がクッソ強くてこの世の終わりかと思うくらい寒い思いをしました。

 

まぁここまで、2月半ばににちょっと暖かくなっただけで「春を感じる」とか言ってしまう生き急ぎ過ぎの人のテンプレートなのかもしれません。私は毎年やっているような気がします。残念です。「また寒くなること」までは学習していたのに、それを甘く見ていた。惜しいがゆえに余計アホっぽさが出るのですね。

目次

 

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 途中までわかっていることでダメージが増す

 

さてアホの話は置いといて。「そこまでわかっててなんで失敗するんだよ」という状況は、普通に「何もわかっていない」よりもダメージが大きくなりがちです。理解の中から外へ飛び出していく感じと言いましょうか。最初から外にいて飛び跳ねてコケるより、その線をまたぐ分だけ飛距離が大きく見えるんですね。何もわかってない状態よりも高いところに登ってから失敗に至るという点も見逃せません。

 

「器用貧乏」なるものが発生するのは、このメカニズムなのではないでしょうか。実際に知り合いに器用貧乏がいるのですが、彼は頭が良くて何でもできて器用です。でもそれ故に、他の人と同じ頻度で失敗したとしても、期待を「途中で」裏切るとか、「ある程度登り詰めてから」失敗する機会が増える、だから不当に低い評価をされ、どんどん居場所を追われていって結果貧乏になる。

 

失敗にとにかく厳しい世の中

 

私は不器用なので、そういう人には憧れるし、そもそも面白いから好きなんです。

 

でも今の世間様は失敗に対して厳しい、成功しない事よりも失敗することを悪とする。そしてもうひとつ、「続ける」ことを尊いとする。

 

器用貧乏はサポートに関しては天才的

 

器用貧乏な人は、サポートの専門、「スーパーサブ」としてメチャクチャ価値があると思います。きっといろんなヘルプに応えてくれます。知人として接していると実際にそうです。でも職場に「スーパーサブ」という役割はほとんどないんですよね。プロ野球だったらあったりしますよね。阪神でいうと大和(ちなみに彼の名字は「前田」です)ですかね。何故阪神なのかは問わないでください。

 

まぁ大和は守備が内外野どこやらせてもきっとレギュラーの誰よりもうまいし守備に関してだけは仮に代表に入ってもトップクラスなので、ちょっと「器用貧乏」とは違う、複数ポジションの「守備職人」なのかもしれません。平均以上打てればスターですわ。

 

もう話が収束しないので結論に行きますが、ここで言いたかったのは人の特性に合わせた働き方があれば、器用な人が貧乏になるわけない、それは職場のシステムのせいでもったいない、そういうことです。