ブロブロスキーのブログ

スキーと釣りが趣味の院卒の30代オッサンのブログ。気まま、手軽、あるがまま

「ババ引いた、運が悪い」というのをちょっと見直せるかもしれない話

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これは私が取り乱してる時に時々上げる、乱文注意の記事です。

 

今日勤務中にきわめて近地の出張があったんですが、その時にカワセミを見たんですよね。

 

ああ、こんなところにいるんだ、って思ったんですけどカメラは持ち合わせていないし、泣く泣く見送ったんですけど。土日にちょっと撮りに行こうかな、でもたぶんそういうのってカメラもってる時に限って出会えないんですよね。ツイてないなー。(ほんとは目撃したこと自体が幸運だったりします)

 

んで、話は変わってそのカワセミを見た数分後でしょうか、雨とアラレが混じったようなミゾレが急に勢いよく降ってきました。

 

私は折り畳み傘があったから運よく凌げたんですけど、近くにいた少年2人がずぶ濡れでした。

 

「さみー」「さみー」

 

ってすげぇデカい声で叫んでました。そりゃ寒いでしょうけど、あんなに自分に素直にデカい声で自分の感覚を言葉にしたこと、私にはない気がする、と思ってしまいましたね。

 

ああやってエネルギーを絞り出して、テンションあがってたらきっと少しは温まったろうな、と思います。

 

で、私が気の利いたことをする前にハイテンションな彼らは走り去ってしまいました。その姿を見て、むしろこちらが少し元気をもらったような気がしました。

 

ちょっと前までああやって騒ぐ奴とか好きじゃなかったんですけどね。

 

それは抑圧された少年期を過ごした自分がまだ心の中に居て、その自分が彼らを妬んでいたんだなぁという気付きがあって、今は子供が騒いだりするのが気にならなくなりました。

 目次

 

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雨男とか晴れ男とか

 

私は信じないですけど「雨男」とか「晴れ男」とかなんとかって言われる人いるじゃないですか。あえて乗っかってそういう分類するならば、私は「飛行機や新幹線に乗ると近くに赤ちゃんがいて大声で泣かれる男」なんです。

 

それも昔は嫌だったけど今はいくら泣かれてもムカついたりはしなくなりました。うるさいもんはうるさいけど子供は泣きますからね。仕方ないですからね。

 

冒頭の文と同じような話ですが、泣いたらドツかれるという幼少期を過ごした自分がまだ心の中に居て、その自分が、素直に泣く赤ちゃんすら妬んでいたのだと気付きがあったんですね。

 

宗教的な話をするつもりはありませんが、人生ってのは何か自分が抱え込み隠しもっているものに対して頻繁に光を当てて微妙な示唆をしてくるんですよね。私が「きわめて近地の出張」で折り畳み傘を持っていて難を逃れたのも、それが必要だと気付かされた場面がどこかにあったんでしょう。覚えてないけど。

 

 

「ツイてない」は何かを示唆してる時がある

 

この「気付かせに来る」というのはマーフィーの法則というのと似ているかもしれません。あれは単によくない事の印象の方が鮮明に残ってるだけ(認知の歪み)でしょって結論付けるのは簡単なのですが、もっと、心の闇をあえて照らしに来るような、示唆的なものだと思うんですよ。

 

「ツイてねー」は頻繁に、時に理不尽にやってきます。嫌なことは連鎖したりします。

 

法則の言う「失敗する可能性がある物は失敗に至る」というのは無限の時間をかければ真となるわけですよね。(そりゃ「成功」にだって言えることなんですけどね)

 

まぁ、人間には限られた時間しか与えられないので爆弾抱えながらも無難に逃げ切る人もいるし、時代が追い付かずに成功しない人もいるんですけどね。

 

ところが、人が触れる情報量が飛躍的に多くなっている現代では、まるで時間が加速したかのように、僅かなほつれを摘ままれて丸裸にされる確率が上がっている。「ツイてねー」が増えて、逃げ切りは難しくなっているなって思います。同じように一瞬にして成功する人も増えてると思います。そのあとすぐ失敗する人も。これからもっとそれらは加速するでしょう。

 

で、この「ツイてねー」はほんとは自分が目をそらして見たくないものを見せられているだけで、その不快感の正体に気付ける場面もあるという話なんです。

 

 

「ババ抜き」で例えてみる

 

この時代による変化、ババ抜きでたとえれば、ジョーカーみたいな、「揃わないカード」がたくさん配られていて、しかも「カードのやり取りが多方面かつ高速化している」感じですかね。これじゃもはやババ抜きじゃないですけど。

 

頻繁にジョーカーみたいなのに遭遇する。これが「まただよ、ツイてねー」って思う話ですね。

 

じゃあこの変則ババ抜きの例えの中で「気付き」って何の役割を果たすのかっていうと、頻繁に回ってくる「ジョーカーみたいなの」を、「ツイてねー」で終わらせずに心の中に隠し持っているものと照合して、カギが合ってたら捨てられる時があるっていう、そういう役割ですよ。

 

具体的に過去の私で言えば、新卒で入社した会社でひどい目に遭ってうつ病になってまだ会社にしがみついているときに、「新卒で入った会社を辞めてはいけない」というジョーカーみたいなのが手札にデカデカと目立って捨てられない場合に、それをパッと捨てるためのキーになるカードが心の中にないのか照合する。そこが「気付き」の使いどころです。

 

じっさい、これはジョーカーでもなんでもなくて、私の中で捨てても大丈夫なものでした、結果論ですけどね。うつ病の治療の中で気が付きました。

 

 

手札だけじゃなくて自分の心とも相談してみてね

 

ずいぶん遠回りしてわけわかんない例えをしてウザい文章になってしまいましたが。

 

ツイてないことが続いていてそれでもそこから逃げられずに前線に立ち続けているあなた。意外とその状況、自分の心の中を覗いてみると逃げ出しても大丈夫だと気付けるかもしれませんよ。

 

そのヤバイ感じのカード、ほんとにジョーカーですか?捨てられる奴かもしれませんよ?

 

乱文失礼しました。